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大阪地方裁判所 昭和49年(ヨ)2978号 決定

申請人 新居田孝祐

右代理人弁護士 中島寛

被申請人 安宅産業株式会社

右代表者代表取締役 市川政夫

右代理人弁護士 片岡勝

同 山本淳夫

同 上田耕三

同 小林紀一郎

被申請人 株式会社長谷川工務店

右代表者代表取締役 水上芳美

右代理人弁護士 高澤嘉昭

主文

一、申請人の本件申請を却下する。

二、申請費用は申請人の負担とする。

理由

一、本件申請の要旨はつぎのとおりである。

(1)  被申請人安宅産業はその所有の別紙第一物件目録記載の土地に地上一一階建の分譲マンションの建築を計画し、その建築工事を被申請人長谷川工務店に請負わせた。

(2)  申請人は、右土地の南側巾約二・六メートルの道路を距てて別紙第二物件目録記載の建物を所有し、同建物に居住している。

(3)  建築予定のマンションが計画通り建築されると、申請人は、強風時或いは火災がおこった場合、甚大な風害或いは煙害等を被る危険性がある。

マンション建築予定地一帯は海岸に近く、主として西又は南西の風が吹き、平時でも風速五メートル前後で、風速一〇メートル位の風も珍しくないのであるが、申請人所有建物は木造二階建、一部平家建でマンションの南側約五メートルの位置に建っているのであるから、その北側に一一階建の高層建築物であるマンションが建つと、その影響で風速や風力の増大が生じることは必至で、そのため豆台風の襲来時といえども申請人所有建物が相当の影響を受け、甚大な損害を被ることが明らかである。すなわち、風速に対する風圧は二乗されるところ、マンションの建築により風速が一・五倍に増速されると仮定するならばその風圧の増加により台風時には何時も他人以上の損害を被り、場合によっては棟が全部吹き飛ばされるおそれがある。

(4)  申請人は、これまで安穏な生活を続けてきたが、マンションの建築によりそれが無惨にも破壊されようとしている。そこで、申請人は、申請人の生活権、環境権が奪われ、生命、身体、財産に重大な影響を及ぼす根源を排除する権利を有するところ、申請人が被る風害を防止するためには、被申請人らが建築しようとしているマンションの高さを、風速の増大をそれ程生ぜしむることのない地上一〇メートルまでのものに止めなければならない。

(5)  被申請人らは、本件仮処分申請がなされるやマンション建築工事の突貫作業を開始し、既成事実を強固ならしめんことを図っているから、本案判決の確定を待っていたのでは回復困難な損害を生ずるおそれがあり、仮処分の必要性がある。

(6)  よって、申請人は被申請人らに対し、「申請人所有にかかる別紙第二物件目録記載の建物に対する風害を防止するため、被申請人らは、別紙第一物件目録記載の土地に地上一〇メートルを越える高さの建物を建築してはならない。」との仮処分命令を求める。

二、本件の疎明資料によれば、前項(1)、(2)の事実、および被申請人らが建築を予定しているマンションは最高高さ三一メートル、最高軒高三〇・五メートル、建築面積一、四八〇・九五九平方メートル、延床面積一一、六九三・五三九平方メートルの建物であって、その南東隅の部分が申請人所有の別紙第二物件目録記載の建物の北西部分に最も近接し、その距離が約五メートルであること、申請人所有建物はその周囲を高さ約二メートルのコンクリート塀で囲まれ、建物の高さが約六・八メートルであること、附近には高さ二〇メートル五階建の浜寺郵便局の建物が存在するほかは二階建か平家建の建物が建っており、その周囲には空地(庭)が相当あること、右郵便局の東側約五メートルの地点に隣接して二階建の建物(高さ約六・八メートル)が存在すること、高層計画建物の周辺では風速の増減がみられ、自然的な地形や風向の違い等の気象条件の差異によりその風の流れ方の変化は様々で、これを予測し断定することは不可能に近く、本件マンション建築による風力、風圧の増強度合や風圧の変化などの具体的疎明はないが、一般に計画建物の風上側と側面の地域では風は増風され、風下側では減少し、特に計画建物と既設建物等で条溝を形成しているようなところでは風はそれに沿って流れるため、風がしぼられ自然と風速を増し、既設建物の高さ位までは計画建物による風の影響が大きく、このような影響は計画建物の近傍(一メートルないし二メートル程度)で大きく、距離がはなれるに従って急激に減少し、減少した数値ではかなり広い地域におよび、また道路面などの空地で大きな数値を示し、既設建物より高いところでは風の増強の割合が減少すること、同程度の高さの建物についての風洞実験の結果、風速の変化は地表面一・五メートルのところで風速が数倍になったところがあるが、これは計画建物が存在しない場合の風が極端に弱かったためであり、数倍に増強されたといってもその絶対値が地表面一〇メートルの風より強くなるようなことはほとんどなく、結局風が高さ方向に一様に吹くようになることを示し、また地表五メートル以上のところでは道路で風が吹き抜けるというような特別の風向でない限り二倍を越える数値に増強されることがなく、地表一〇メートルの高度までの風速はそれが増強された場合でも風洞の一般流よりも常に下廻る数値であることが一応認められ、右事実をくつがえすに足りる疎明資料はない。

三、右事実によれば、被申請人らの建築予定マンションが完成すると、申請人所有建物は風向が西や北の場合マンション完成前に比し風速を増し、したがって風圧が相当強くなる場合のあることが窺われるけれども、その場合でも地表一〇メートルの部分よりも風速が早いわけではなく、またマンションとの隣接度合がいわゆる近傍(一メートルないし二メートル)の範囲を越えているうえ、申請人所有建物が高さ約二メートルのコンクリート塀で囲まれていることから考えて申請人所有建物についての風速、風圧の増加率が異常に高い数値を示すとは認めがたいし、前認定の高さ二〇メートルの浜寺郵便局の建物の存在により近隣建物に風による被害があったことの疎明も無いことをみても、申請人主張のような風害の危険性はこれを窺うことができないものといわざるを得ず、申請人は被申請人らに対し建築予定マンションの高さ一〇メートルを越える部分について差止めを求める権利を有するものとは認められない。

四、そうすると、申請人の本件申請は被保全権利について疎明がなく、また保証をもってこれに代えることも相当でないものと認められるから、本件申請を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 吉川義春 佐藤武彦)

〈以下省略〉

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